『ジョーカー』感想・レビュー。DC最大のヴィランの新しいオリジン🤡

『ジョーカー』というオススメ映画の感想です。DCコミックのバットマンシリーズで人気のヴィランのオリジンについて描かれた作品です。

2019年最高のダークヒーロー映画

本日、映画『ジョーカー』を鑑賞してきたので感想を記事にいたします。私はDCコミックス含めたアメコミには疎いのですが、それでも充分に楽しめたうえ、バットマンの世界に非常に興味を惹かれる最高の出来でした。本年度屈指のオススメ映画です。

『ネタバレ少し注意』明確なネタバレは含みませんが、話の流れや登場人物の心情に迫っていくため、物語の核心には近付いていくのでご注意ください。

こちらの話はバットマンの最大のライバルもといヴィラン(悪役)であるジョーカーのオリジン(ヒーローやヴィラン誕生の起源となる話)ですが、DCコミックは映画ごとの繋がりは意識しない方針で、ダークナイトなどのバットマンシリーズやスーサイドスクワッドのジョーカーも含めそれぞれ別物と考えた方がよいみたいです。

あらすじ

貧富の差が拡大し、市民のフラストレーションが積もるゴッサムシティで、ピエロメイクの売れない大道芸人として活動しながらコメディアンを夢見るアーサー・フレックは母との2人暮らしで貧しい生活を送り、脳と精神の障害を抱えつつもドン底から抜け出そうともがいていた。しかし心無い人間の悪意と、ある事をきっかけに彼の人生は大きく歪んでいく。

社会派や政治的メッセージを汲み取るのは野暮

本作は人間の暴力性や社会問題に対するフラストレーションをクローズアップしていることから、アメリカでの公開当時から大きな話題を呼び、ジョーカーやその世界観を模倣した犯罪を危惧する社会問題にまで発展しています。

この解釈による波紋は日本にも伝染し、国内外含めジョーカーの是非について議論が巻き起こっています。

日本では「無敵の人」という「失うものが何もなく自暴自棄になって何でもやれてしまう人」を指したネットスラングが定着し始めたのもあり、非常にタイムリーかつデリケートな作品という印象はぬぐえません。

しかし監督のトッド・フィリップス氏は本作に政治的なメッセージは全く含んでいないと明言しています。

私もそういった社会的・政治的なメッセージから本作を考えるより、単純に非常に作品として優れていると感じたので、そういう事に関する話題や議論ばかり注目されるのはいかがなものかなと思いました。

興行的にはどんな形であれムーブメントを起こせば勝ちですが、単純に面白いよねこれ、という話の方が有意義ではないでしょうか。

徹底的な貴種流離譚のアンチテーゼ

私は本作は一般的なヒーローものやハッピーエンド作品の良い方ばかりに転がるストーリーに徹底的に反発したアンチヒーロー作品だと感じました。

見出しの「貴種流離譚」とは物語のテンプレート的なもので、以下のような流れを汲んだ物語です。

・英雄は、高位の両親、一般には王の血筋に連なる息子である。
・彼の誕生には困難が伴う。
・予言によって、父親が子供の誕生を恐れる。
・子供は、箱、かごなどに入れられて川に捨てられる。
・子供は、動物とか身分のいやしい人々に救われる。彼は、牝の動物かいやしい女によって養われる。
・大人になって、子供は貴い血筋の両親を見出す。この再会の方法は、物語によってかなり異なる。
・子供は、生みの父親に復讐する。
・子供は認知され、最高の栄誉を受ける。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%B4%E7%A8%AE%E6%B5%81%E9%9B%A2%E8%AD%9A

ジョーカーに変貌する前のアーサーは人間性としては決して悪い人ではありません。障害に悩まされながらもコメディアンの夢を追ってジョークのネタを書き、センスはともかく人を笑顔にすることに向き合いつつ老いた母を支えています。

それでもやはりフラストレーションが抑えきれず欲望が表に出る場面もところどころに在りますが、身勝手かつスケールが大きすぎて分不相応だったり常人には理解できないヴィランにありがちな欲ではなく、自分を対等な人として誰かに認めてもらいたいという、誰もが考えたことのあるような実にささやかな願いに一貫しています。

そんな内心は慎ましいアーサーに対して、幾度か上記の貴種流離譚にあるような希望が差し込み、アーサーはそれに縋ろうと必死にもがきますが、じつに巧妙かついやらしく根こそぎその希望を全否定していきます。ヒーローもののご都合主義が全て悪い方に転がっていく感じですね。

明確な悪人は殆ど出てこない

また、本作の登場人物で明確な悪意を持ってアーサーに干渉する人間というのはチョイ役のチンピラ達と直接は登場しないとある人物くらいで少数です。

それ以外の人物というのは、その人の立場からの認識や価値観、ちょっとした歪んだ善意、少し魔が差した程度の保身によってアーサーに影響を与えてしまうのですが、そのほんの少しの身勝手さがアーサーを徐々に壊していきます。

その負の連鎖がとても巧妙で、どこか一つだけでもアーサーの思い通りに物事が進んだり、誰か一人でもアーサーを(表面的にでも)尊重してくれればジョーカーは生まれなかったであろうと思わせるストーリーになっています。

こうしてまとめると悲しきヴィランのストーリーとしてよくある物語にも聞こえますが、それを人間および現実世界をモデルにした世界観で構成したことが大きな反響を呼んだのでしょうね。

私は無敵の人などの社会問題についてよりも上述したような、いわゆる人への思いやりについて深く考えさせられました。

自分の一方的な価値観や身勝手な行動で人に何か悪い影響を与えていないか、ちょっとしたことで誰かの歯車の狂いを直すことが出来ないかなど、様々な問題を危惧するより先にそれを考える方が建設的だと私は思います。

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